今月の釈迦説法
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今月の釈迦説法

釈迦が菩提樹の下で悟り、説いた教えとは中道(ちゅうどう)、縁起(えんぎ)、四聖諦(ししょうたい)、八正道(はっしょうどう) の四つの真理から成り立っています。
これらの修行を積むことによって煩悩をなくし、結果として苦を克服することができるとされています。

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2013年12月

「おもてなし」の心

東京オリンピック2020年の開催が決まりました。これに合わせて東日本大震災の復興事業もいっそう加速されていくことでしょう。

しかし今なお仮設住宅生活者が10万人もおられる中で、先日、81人目の孤立死があったとの悲しい報道がありました。

ところで、先の五輪招致のプレゼンテーションで滝川クリステルさんが流麗なフランス語で「お・も・て・な・し」と言って合掌礼拝されていたのには驚きました。

多くの人が好感をもたれたようですが、彼女はなぜ合掌礼拝されたのでしょう。

彼女は「おもてなし」の心こそ日本の伝統文化であり、日本人の美点であると訴えかけられました。そして「世界一、安全で親切な町が東京です」と言われていましたが、これはいささか言い過ぎの感じがいたしました。

というのは、今の日本人が「おもてなし」の心をどれほど感じているか疑問に思ったからです。

「おもてなし」の心の行為とは、商業的サービスや経営戦略として考えると、何となくこしらえた感じがして、ほんとうのもてなし(摂待)にはなりません。

お店などでの接客の態度を見ても、店員がマニュアルどおりの応対しかせず、決まり文句や客にとって不必要な言葉ばかり並べ立てて、客が必要とすることに誠意をもって答えてくれていないことがよくあります。

商品さえ売れればよいというせまい料簡ではほんとうのもてなしにはなりません。

相手の目線に立った優しさと真心と気配りが必要だといえます。

そもそも「おもてなしの心」は仏教の精神が元になっていると思います。

それはギブ・アンド・テイクの考え方でなく、相手(衆生)に寄り添い無償で摂待し奉仕する「大悲の心」なのです。

私がお願いしなくても、阿弥陀さま(阿弥陀如来)私をひたすら哀愍し救済したもうのです。

「来いよ来いよと呼ぶ親は、来いよ来いよをわれに来る」とあるように、お乳を与える母親は、「さあ、いらっしゃい」と呼びかけながら赤ちゃんのもとへ向かうのです。

母親は赤ちゃんが来れないことを知っており、しかもじっとしておれないものですから、みずから赤ちゃんの所へ迎えに行くのです。

親鸞聖人は、「迎える」には「待つ」という意味があるといい、阿弥陀さまは待ちきれないものだから、私のところにつねに来ておられると解釈されています。

阿弥陀さまは、この私が拝む前に、すでに私を拝んでくださったのです。かつて東井義雄先生が仰った「拝まないものも拝まれている」という世界がここにあるのです。

乳幼児に対する親や保育者の「おもてなし」の心に出遭ったとき、子どもの内面にこの心が自然に育っていくと受け止めています。

龍谷大学名誉教授 海谷則之

 

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