今月の釈迦説法
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今月の釈迦説法

釈迦が菩提樹の下で悟り、説いた教えとは中道(ちゅうどう)、縁起(えんぎ)、四聖諦(ししょうたい)、八正道(はっしょうどう) の四つの真理から成り立っています。
これらの修行を積むことによって煩悩をなくし、結果として苦を克服することができるとされています。

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2016年3月

彼岸をねがうこころ

「彼岸を拝めなくなっている現代こそ」

わたしたち日本人は年に二回、お彼岸という行事を持っています。わたしたちの先祖が人間のながい

歴史をとおして、この仏事を生みだしてきたのも、この人生がどうもうまくゆかぬ、どちらにころんでも

不足や愚痴しかでてこない、そしてあげくのはてには、人生のむなしさとけだるさだけが待ちかまえて

いるという、こういうことが、やはり祖先の人びとの心のおく底によどんでおって、そういう救いようのない

人生のやりきれなさというものが基底となってのことであろうと思います。

今日、お彼岸というのは、家でボタ餅をつくってお墓まいりをする行事だというのが一般の理解でしょう

けれども、わたしたちの祖先が、いつのまにかお彼岸という行事をとりおこなってきた、そこには、このよ

うな深い人生への内省といいますか、内観というものがあるのだろうと思います。

それは、ずっともとをたどってゆけば、人生どっちにころんだって、うまくゆかないのだ、この世だけじゃ

どうにも解決できないのだ。この世の問題でありながらも、この世の努力や精進だけでは解決できるも

のではないのだと云うところに、彼岸をねがうこころがあるのだろうと思うのです。わたしには、お彼岸

という言葉は、その中に秘められた祖先の人びとの、いや、山川草木、生きとし生けるものの深い魂の

うめきを感じます。

しかし、最近はそうでもないのでしょうか。あの世なんてあるものか、死んだら灰になるだけだ、あれは

オトギ話だよ、むかしの人の話だよ、われわれ現代の知性を身につけた者にとって、彼岸なんぞとって

も信じられるものではないよ、お彼岸はひとつの風物詩にすぎんよ、という声が聞こえてくるからです。

たしかにそのとおり、現代の科学的な実証的な教育をうけたわたしたちにとって、彼岸はスンナリとは

信じられなくなっているようです。信じないのではない、信じられなくなってしまっているのです。

拝まないのではない、拝めなくなっているのです。

だからといって、人生が解決したのでもなければ、人生に心から満足もしていないというのであれば、

現代は、今までの他の時代とくらべて、より深刻に救われがたい時代といわねばならないようであり

ます。

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