今月の釈迦説法
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今月の釈迦説法

釈迦が菩提樹の下で悟り、説いた教えとは中道(ちゅうどう)、縁起(えんぎ)、四聖諦(ししょうたい)、八正道(はっしょうどう) の四つの真理から成り立っています。
これらの修行を積むことによって煩悩をなくし、結果として苦を克服することができるとされています。

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2017年2月

阿弥陀さまのお姿を通して

なぜ、ご本尊を礼拝するのか

 

私たち浄土真宗のご本尊は、阿弥陀さまであります。そして、絵像であれ、木像であれ、

立った雄型の阿弥陀さまであります。ご本尊を仰いでおりますと、阿弥陀さまが今にも

私の所へ歩んで来てくださるように思われます。阿弥陀さまの本来のお姿について、

親鸞聖人は、「色もなし、形もましまさず、然れば心もおよばす語(ことば)もたえたり」

と言われ、私たちの想像をはるかに越えた大きな存在で、あえて喩えれば、光のよう

なものであるとおっしゃっておられます。

それでは、何故、本来ならば形に表すことが不可能な阿弥陀さまのお姿をご本尊と

定めて、お参りするのでしょうか。そのことについて、本願寺三代目の覚如上人が、

「阿弥陀さまの功徳を信じ喜ぶ心が一度起これば、礼拝をするという行為のために、

渇いた者が水を求めるように、安心して礼拝するために絵像や木像の本尊と、示して

おられます。もし、厳密に、

「阿弥陀さまは、本来色もなし形もましまさず、光のように私たちを包んでいてくださる。

だから、どちらへ向かって礼拝してもいい、偶像を拝むのではいけない。阿弥陀さま

を感じた時、何時でも何処でもお念仏をしなさい」

と、いうことになれば、私たちはどうなるでしょう。きっと始めの内は、阿弥陀さまに心の

向く時はあるでしょうが、だんだんとその間隔が広がり、ついにはわけが分からなくなっ

てしまうでしょう。これは、正論であっても、煩悩の多い私たちにとりましては、保ちえな

い事であります。

私たちが、毎日、ご本尊に礼拝するのは、お姿を通して、阿弥陀さまのお徳を、改めて

我が心に思い起こすためでもあります。また、始めてご本尊を「或いは彫刻し、或いは

描いた」方々の慶びを共に味わっていくためでもあります。

ですから、いわゆる「偶像を崇拝している」のではありません。本山の阿弥陀さまも、

本堂の阿弥陀さまも、お仏壇の阿弥陀さまも皆、私に、いつもあたたかく見守っていて

くださる阿弥陀さまのお心を知らしめるためのお姿なのです。

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