今月の釈迦説法
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今月の釈迦説法

釈迦が菩提樹の下で悟り、説いた教えとは中道(ちゅうどう)、縁起(えんぎ)、四聖諦(ししょうたい)、八正道(はっしょうどう) の四つの真理から成り立っています。
これらの修行を積むことによって煩悩をなくし、結果として苦を克服することができるとされています。

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2017年7月

いつでも、どこでも、だれでも

「帰命無量寿如来、南無不可思議光」

 

私たちが朝に夕に拝しているほとけさまを、お立ちずくめのお姿と、お呼びしています。子は

親のことを忘れずめですが、親は子のことを思いずめであります。阿弥陀如来は、私のことを

思いずめで、じっとしてはおれないと、お立ちずくめなのであります。

その阿弥陀如来について、いま『正信偈』には「無量寿如来」「不可思議光」と、お示しに

なっています。「無量寿」と「不可思議光」のお徳をそなえているのが、阿弥陀如来のおはた

らきそのものであると。示されるのであります。

「無量寿」とは、寿命無量といって、いのちに限りがないということです。過去・現在・未来

のあらゆる時代にゆきわたって、一人のこらず救いたもうはたらき、すなわち阿弥陀如来の慈悲

のはたらきをいわれるのです。

また「不可思議光」とは、光明無量といって、はかり知れない光のことであります。十方に満

ちみちて、すべてのものをはぐくむはたらき、いいかえれば、考えも及ばない阿弥陀如来の智慧

のはたらきをいわれるのです。

つまり阿弥陀如来は、きわまりのない寿命と光明のお徳をそなえられているから、いつの時代

でも、またどのような世界でも、一人のこらず必ず救いたもうみほとけなのであります。「いつ

でも、どこでも、だれでも」ということですから、「いまここにおる、この私」も、洩れること

はありません。いや、この私こそ、そのまっただなかにいるのです。

ですから、帰命無量寿如来(無量寿に帰命し)、南無不可思議光(不可思議光に南無したてま

つる)という『正信偈』の最初の一行二句は、私をお救い下さる阿弥陀如来のおはたらきを称え

られたおことばであります。

そしてまた、「苦悩の日暮らしを送っている私のことを案じ、いつ、どこででも、南無阿弥陀

仏と呼びずめにいて下さる如来さまに、身もこころもゆだねて、強く、明るく、しかも安らかに

生きぬかせていただきます」という、聖人のよろこびの告でもあるのです。

私たちも、喚びずめの親ごころを深く味わわせていただき、喚ばれずめの身の幸せをかみしめ

あいたいものです。

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