今月の釈迦説法
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今月の釈迦説法

釈迦が菩提樹の下で悟り、説いた教えとは中道(ちゅうどう)、縁起(えんぎ)、四聖諦(ししょうたい)、八正道(はっしょうどう) の四つの真理から成り立っています。
これらの修行を積むことによって煩悩をなくし、結果として苦を克服することができるとされています。

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2018年2月

なぜ法事をつとめるのか

お経とは、生きている私たちに説かれたもの

 

肉親が亡くなると、私たちは満中陰までの四十九日間肉食をやめて精進し、七日七日の法要をつ

とめ、さらに百カ日法要、一周忌、三回忌・・・・・の年回法要、毎年の祥月法要、あるいは月

々の命日の月忌法要などをつとめます。実際、これらの法要をつとめてない人は、まずないとい

ってよいほどなのですが、さてそれをなぜつとめるのかという点になると、必ずしも全部の人が

正しく理解しているとはかぎらないように思われます。今この問題について考えてみましょう。

世間で一般的なのは、お経や法要は亡くなった人のために、故人の追善供養のためだという考え

方でしょう。何十年という長い間、共に暮らし共に過ごしてきた深い縁のある人、また、この世

の生命は短かったが血肉を分けた人たちを、愛しむ心は、大へん美しいものです。私たちは、そ

のような深い因縁に結ばれた人々の思い出をいつまでも大切にし、法要をつとめて故人をしのぶ

ことは非常に結構なことであります。しかしながら、このような読経や法要がただちに故人の死

後の幸福の増進に役立つとするのは、正しい考え方ではありません。私たちは、この世の縁が尽

きたとき、お浄土(阿弥陀如来の極楽世界)に参らせていただき、仏にならせていただくのです

が、実はその際、私たちの修行や善根功徳は「万行の小善」といって何の役にも立たず、ただ仏

の大きなお慈悲の力によってのみ、私たち往生・成仏つまり真の幸せがかなえられると経典に説

かれています。いったい、お経とは、誰に向かって説かれたものなのでしょうか。『大経』で

は、阿難(あなん)、『阿弥陀経』では舎利弗(しゃりほつ)というお弟子に対し、『観無量寿

経』では韋提希夫人(いだいけぶにん)という女性の信者に向かって、阿弥陀如来のお慈悲をよ

ろこび、この諸行無常、一切皆苦の世の中で、お念仏によって本当に幸福にならせていただく道

が説かれているのです。これら舎利弗も阿難も韋提希も、私たち一切衆生の代表にほかなりませ

ん。お経とは、生きている私たちに対して説かれたものなのです。だから、故人の命日に法要を

つとめ、お経をあげるのは、故人を縁とし、故人の意志を受けついで、私たちが少しでも立派な

生き方ができるように、私たちが仏の教えを聞くためなのです。ただし、お経だけでは難解で

す。だからお経のあとには、その意味をわかり易く説いた『御文章』(ごぶんしょう)の拝読や

ご法話が、必ずつけ加えられるのです。そのような法要を故人の命日に行うということは、いい

かえれば、亡き人に導かれて私たちがみ教えに会うということでもありましょう。

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