今月の釈迦説法
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今月の釈迦説法

釈迦が菩提樹の下で悟り、説いた教えとは中道(ちゅうどう)、縁起(えんぎ)、四聖諦(ししょうたい)、八正道(はっしょうどう) の四つの真理から成り立っています。
これらの修行を積むことによって煩悩をなくし、結果として苦を克服することができるとされています。

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2020年9月

「怒る」と「叱る」

何故か

叱る人は

少なくなり

怒る人は

多くなり

了峰寺(京都)

みなさんは「叱る」と「怒る」の違いがわかりますか?『大辞泉』を引くと、両者はだいぶニュ

アンスの異なる言葉だとわかります。

【怒る】1.不満・不快なことがあって、がまんできない気持ちを表す。腹を立てる。いかる。

2.よくない言動を強くとがめる。しかる。【叱る】目下の者の言動のよくない点など指摘して、

強くとがめる。

「怒る」の説明の中に「しかる」という言葉も出てくることから、同様の意味で捉えるひとが多

いと思いますが、大きな違いがあります。それは、「怒る」が自己の一人よがりの感情であるの

に対して、「叱る」は相手のことを考えた上での行為である点です。

「三毒」(さんどく)という言葉があります。これは、仏教において克服すべき根本的な三つの

煩悩である「貪・瞋・癡」(とん・じん・ち)を指しますが、この内の「瞋」が自己中心的な心

で怒ることを意味しています。怒る人が増えているということは自己中心的な人が増えていると

いうことです。

一方で、「叱る」は他者のためを思っての行動ということで、慈悲の気持ちからくるものともい

えるでしょう。「怒る」と「叱る」の違いについて、本人はあまり自覚がないかもしれません

が、周囲からはよくわかるものです。

いつも自分勝手に怒っていると、人の気持ちが離れていき、知らぬ間に孤立してしまいます。

7月投稿《迷惑かけずに死にたい》で「縁起」の説明をしましたが、自分は世界のあらゆるもの

と関わっていて、それらのおかげで成り立っているということをよく理解していれば、「怒る」

のではなく、自然と「叱る」かたちになるはずです。

補足

人間は会話をし、コミュニケーションを行います。しかし、意見の食い違いや対立などから口論

となることもしばしばです。

これは家族間や夫婦間、親子間においても頻繁に起こりうることです。でも、いつまでもギクシ

ャクしたままではおられませんので、どちらかが謝り仲直りもします。この「仲直り」なんです

が、相手を許すということは、時になかなか難しいものです。分かりやすく例えるならば、

「許す」とは「忘れる」ことではないでしょうか。この忘れることが出来ないから、何かのはず

みで口論となった時に、蒸し返すような言動がある訳です。

だから、相手を許したのであれば、きれいさっぱり忘れることです。水に流すとも言うじゃない

ですか。流した後は何もないということです。

よく物事を忘れないようにと言いますが、時にはこの「忘れる」ことも大事なような気がしま

す。人生の上で起こる様々な事を忘れることなく全て記憶していたらどうでしょうか。。。

忘れない努力も必要ですが、忘れる努力も必要な場合もありますね。「怒る」と「叱る」です

が、小さい頃は近所に必ず子供たちを叱る大人がいました。

今思えば、尊い慈悲の心で叱ってくれてたんだなと思うと頭が下がる思いです。怒られたことも

叱られたことも、記憶に残ってるものもあれば、遠く記憶のどこかに消え去ったものもありま

す。叱られたことを忘れぬよう心がけたいと思います。

そして常に相手を許す(忘れる)ことも心がけ、憎しみや怒りを抱くことなく人生を歩んでいき

ましょう。

 

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