今月の釈迦説法
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今月の釈迦説法

釈迦が菩提樹の下で悟り、説いた教えとは中道(ちゅうどう)、縁起(えんぎ)、四聖諦(ししょうたい)、八正道(はっしょうどう) の四つの真理から成り立っています。
これらの修行を積むことによって煩悩をなくし、結果として苦を克服することができるとされています。

概要写真

2021年4月

お経は『鏡』

言っていることではなく

やっていることが

その人の正体

久田恵

妙円寺(東京)

 

その通りです。済みませんでした、と思わず謝ってしまうような掲示板です。これはノンフィク

ション作家の久田恵さんの言葉です。

久田さんが『フィリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で大宅壮一ノンフィクション賞を

受賞したときには四十歳を超えていました。シングルマザーとして息子を育てながら、お母さ

んやお父さんの介護にも直面。人生における苦労の連続によって人を見る鋭い目が養われたの

でしょう。

仏さまの教えはよく「鏡」に例えられます。日蓮聖人の遺文にあたる『開目抄』の中に、「仏

法の鏡は過去の業因を現ず」という言葉があります。日蓮聖人は『法華経』という鏡に自分の

姿を照らしてみて、このような言葉を残されました。

また、中国の善導という僧侶も『観経疏』という書物の中で「お経は鏡のようなものである」

と記されています。つまり、お経(仏さまの教え)は鏡の働きをして、自らの正体を容赦なく

あぶりだすものでもあるのです。私たちは人の悪いところはよく見えますが、自分の悪いとこ

ろはなかなか見えません。人の非を責めるが、自分の非は責めない。それによって、自分の

「言っていること」と「やっていること」がどんどん乖離していきます。言行不一致。それは

周囲からの信用を失う原因にもなります。自分の姿を正確に見るためには「鏡」が必要となり

ます。仏教という「鏡」によって、「自分の正体」を一度よく見てみましょう。

 

補足

先ほどの中国の善導大師という僧侶は、お経を鏡に例えられましたが、人生における「縦糸」に

も例えられました。織物は、縦糸と横糸からなります。

まず、縦糸がしっかり正しく張ってあって、そこに横糸を通していきます。織物の表面に表れる

のは、横糸でデザインされた模様部分でしかありませんが、その奥に縦糸があるからこそ、織物

は彩り鮮やかに出来上がるのです。

私の人生にも、お釈迦さまの教えという縦糸が、しっかり正しく張られているのです。教えとい

う縦糸に支えられているからこそ、日々の生活という横糸を通すことができるのです。

それによって、人生という織物を完成させることができる訳です。日々の生活、楽しいこと、幸

せなこと、嬉しいこと、悲しいことや辛いことなどもありますが、横糸の色が美しい時もあれ

ば、汚れてしまう時もあるでしょう。

でも、たとえ横糸がどのような状態であろうとも、縦糸はしっかりと横糸を受け止めてくれま

す。一生をかけて作り出す織物は人それぞれ違います。ひとつとして同じものはありません。

さあ、私の人生という織物。どのような模様が出来上がることでしょう。

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