今月の釈迦説法
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今月の釈迦説法

釈迦が菩提樹の下で悟り、説いた教えとは中道(ちゅうどう)、縁起(えんぎ)、四聖諦(ししょうたい)、八正道(はっしょうどう) の四つの真理から成り立っています。
これらの修行を積むことによって煩悩をなくし、結果として苦を克服することができるとされています。

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2022年2月

往生浄土

「往生」と「浄土」

 

よくテレビを見ていると高速道路で事故があり立ち往生してとか、大雪で交通が麻痺し先に進め

ず立ち往生してというニュースを見かけます。この「往生」という言葉は、実は単独で使っては

いけない言葉です。必ず後に「浄土」という言葉を付けねばなりません。

ここで言う「往生」という言葉の使い方は、先にも進めず後にも戻れずどうにもこうにならない

状態を示します。つまり「往生」という言葉を単独で使うからこのようになってしまうのです。

「往生浄土」として使用するとどうでしょう。交通事故で往生浄土してとか大雪で往生浄土して

という使い方にはなりません。では、「往生浄土」とはどういう意味なんでしょうか。

結論から申しますと、「帰るべきいのちの故郷へ帰る」ということなのです。先日、知り合いの

方の子供が留学の為海外へと渡航されました。ちょうど見送られる所に遭遇しましたが、両親は

子供にこう言って見送られました。「気をつけてね。帰る所はあるから安心て行っておいでね待

ってるからね」と。渡航される子供にとっては、安心して帰る所が保証されているから安心して

留学へ行くことが出来るのです。旅行も然り。帰る所があるから安心して旅行へ行ける訳ですよ

ね。帰る所もないのに旅行へ行かれる方はおられませんよね。それだったら放浪になってしまい

ます。では私たちのいのちに置き換えてみてはどうでしょうか。

亡くなったら何処へ行くのかも知らずに生きているとは、まさに我がいのちの帰る所を知らずに

生きていると言っても過言ではありません。

よく「死んだら終わり」という言葉を耳にしますが、本当に死んだら終わりなのでしょうか。終

わりというのは、「最後・しまい・果て」という意味がありますが、もし死んだら終わりのいの

ちであるならば、こんなに寂しいことはありません。浄土真宗でご葬儀をする場合、お位牌又は

法名軸(俗にいう戒名)を用いますが、亡くなったとか死んだら終わりという類いの文字は一切

書きません。法名釋〇〇、俗名〇〇〇〇、令和〇年〇月〇日往生とお書きします。

この往生(往き生まれる)という言葉が先ほどの「往生浄土」ということです。略して往生と書

きます。死んだら終わりであるならば、この「往生」という言葉は不向きです。往き生まれずに

死に往く訳ですからね。残念ながら「往死」という言葉はありません。

ご葬儀やお通夜の席で親族代表挨拶でこのようなフレーズがあります。「この度、故人生前中は

大変お世話になりました」というフレーズを聞きますが、ここでいう「生前」とは何でしょう

か。「生前」つまり「この度故人が生まれる前は大変お世話になりました」ということですが生

まれる前とは一体どういうことでしょう。この生前という言葉は、「この度故人が、浄土(仏さ

まの国)に往生される前は大変お世話になりました」ということなんです。亡くなって逝かれた

方々は身を引き換えにして、いのちの帰るべき所をお示し下さいました。いのちあるもの全て仏

さまとして生まれゆくいのちを今ここに歩ませて頂いている訳であります。そのお示しこそが仏

さまの教えなのです。その教えに育まれていくいのちを人生を歩ませて頂くことこそが故人さま

にとっての供養なのではないでしょうか。

 

 

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